#018 【聖域】 [世界の終りに贈る歌]

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 約束の10分前に来たその人は、写真の印象と変わらず『きれい』な笑顔。不健康そうには見えない。

 そして驚いたのは、人見知りをする弟が真っ先に懐いたことだった。


 自分から手を伸ばし、初対面の人に抱かれて嬉しそうな弟。僕と母は顔を見合わせた。



 後々、母はその時のことを何度か僕に話した。

「赤ちゃんには、本能的に人を見分ける能力があると思うのよ。だからこの人なら間違いないわ、って思ったの」



 面接は、簡単で決まりきった質問をいくつかと、世間話で時間が過ぎた。

 僕よりも先に母が気に入ってしまったようなので、僕が判断を下す必要もなさそうだった。

「司くんには、家の中で本と向き合うだけじゃなくて、もっと色々なことを教えてあげたいと思ってるんです」

 清純派アイドルみたいな笑顔でその人は言う。

 今までそんなことを言う人がいなかったので、母は感動していたようだ。

「まぁ、先生。是非お願いします。つ・・・この子には、あたしじゃ役不足なんですよ。駄目な母親ですけど」

 母は自分のことを無学で無能な女だと思い込んでいるから、頭のいい女性や仕事に就いている女性に嫉妬しているところがある。


「駄目な母親だなんて、そんなこと思わないでください」

 コーヒーカップを置いて、真摯な表情でその人は母を見つめた。

「先生・・・」

「私、司くんの先生になったとしても、司くんのお母様にとっては『吉家ほの香』個人です。先生と呼ばれるほど人格者じゃないですし・・・」

「じゃあ、お勉強の時以外は『ほの香さん』って呼ばせていただいてもよろしい?」

 やれやれ・・・なんだか僕よりも母の方が楽しそうだ。気が合う茶飲み友だちを見つけたって感じかなぁ。



 母のお気に入りになりそうなほの香先生。

 どうやら彼女を口説く時には、慎重にならなきゃいけないようだ。


 もっとも、今までになかったタイプなので、攻略する楽しみができたとも言えるけど。

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