#039 【陰影】 [世界の終りに贈る歌]

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「司くんは・・・」

 僕の隣で黒い海を見つめていたほの香先生がつぶやいた。


「司くんも、子どもなのよ。ただ、他の人より色んな知識を持っているだけで」



 その言葉は、僕の心の奥底をぎゅっと掴んだ。

「僕は・・・その、他の人たちとは違うから・・・」

 言い訳めいた言葉は、かすれて途切れる。

 先生は何も答えない。ただ、静かなため息が白く細く流れる。

 解説員の説明は僕たちまで届かずに、積もった雪の中に吸い込まれて行った。



 『僕』を子どもだと言う人は、誰もいない。

 周囲の大人たちから、実際の年齢よりずっと分別があると思われ続けている。

 だから自分でもそれに合わせるのが当たり前になっていた。

 僕とは逆に、先生の声や表情は、ころころとよく変化する。

 母親のような自愛に満ちたものであったり、僕なんかより丸っきり子供っぽくなったり。


「ほら、あれがシリウスよ。今日はうさぎ座もよく見えるわ・・・どれだかわかる?」

 さっきはとても深刻で大人っぽかったのに、もうあんなにはしゃいでる。

「いよいよ望遠鏡よ、司くん。ほら、早く、こっちこっち」

「別に、急いで観なくても星は逃げませんよ」

 必死に僕の手を引く先生ははぁはぁと息を切らせている。

「だって、早く観たいじゃない?今日はそのために来たんだし」

 目をキラキラさせて振り向いた顔は、つい抱きしめたくなる衝動に駆られる。


 このまま欲求不満の状態が長く続くと、そのうち何かやらかしそうだ。

「先生の彼氏は大変だなぁ」

 苦笑しながらつぶやくと、先生がきつい目で振り向いた。

「今何か言わなかった?」

 聞こえていないはずなのに・・・内心ぎくりとしながら僕は答えた。



「別に、何も言ってないですよ」

「ほんとぉ~?まぁ、いいけど」


 疑わしそうな視線を僕に向けながら、ほの香先生は順番待ちの列に着いた。

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